言葉にまつわる人間に この上ない感謝を
鶏よ 知らせよ
朝を
今度は見晴らすような
明瞭な一行を
20160527
水中
口から糸を惜しげに垂らした青年がいた。彼は洗面台の鏡を見てその糸に気付くや、恐る気持ちで引っ張った。思ったよりも長く、まだ長いのか、なんとも不思議に引き続けると、糸は赤く染まっていた。鏡の前の自分と目が合って、前髪を上げて額を曝す。湯船に身体を浮かばせると、彼は水の中で耳を澄ませる、何処からともなく聴こえる音が彼に束の間の安らぎを与えた。浴場の天蓋を見上げ、十分に呼吸するたびにその安らぎの映像の片割れが浮かぶ。この世を知った、その憐れみを与えられた青年は、それを理解しようと長い時間を費やした。定家葛はよく伸びて、剪定の必要があった。大人について、殊更考えることはしなかった、先ず、その必要がなかった。ー 青年はもう一度、身体を水の中へ潜らせた。ー そして、これからも。たいして重要でもない、些細なことに悩まなければならない世の中は鬱陶しい。
20160522
adagietto. sehr langsam.
観劇の後に大きな公園の中道を歩いた。中ノ島に掛かる大池の橋を渡れば、心地の良い風が全身に伝わる。波乱な人生が私を待つことはないと、水面の景色を臨めば分かる。血気の盛んな人間は、頭が働き、身体も動く、共にあって知恵となる。知恵が実のると季節が巡る。私のような人間は血の巡りが遅鈍であるから、あらゆる結果が幾日を跨がねばならない。地下鉄のトイレで息を荒げて用を足していた人間は、私と対照的な人間である。自分の名が呼ばれたと分かる頃には、振り向いたとて、誰も居ない。公園のベンチに座って心を茫っとさせるのが好き。夕空も樹の根が剥き出した土も赤めいていく、肌寒い風に薄らぬるいものを感じ、五月の曖昧さが未だ残っていることに、少なからずの安堵を憶えた。私は、どうやって生きたら良いのかを考えていた。本を読む、社交で耳を柔らかくする、それらが私に困難であるとき、私は自分で悲しまなければならない。困難が然りとて不可能でない限り、私は囁かな希みを持ち得る。私のひこばえの息遣いが遠く心を満たすのは、極めて遥かなる彼方であろう。たとえ見えなくとも、それならば分かる。
20160521
たそがれの手紙
思うように長閑な涼しさはなく、春ひそみ、雲なき空の汗ばむ陽気が夕べには空を紅く染める、忙しない毎日です。私も貴方も何気なく、ざわつき通しで、楽しい日々を共に過ごしているようなのに、心底でただよう言われぬ哀しさが、ひとりの夜を充たします。海老根の花が器に乗って、私を慰めるようです。それはもしかしたら、風の吹かない、月明かりのひっそりとした夜の忍び音を聞いたかもしれない。暗がりの部屋の忍び寄る思ひ寝を見たかもしれない。ずっと私はこのままなのでしょうか、そんな問いに海老根の花は黙ったまま。この花のように、貴方を隣に引き止められるなら、私と共にこの花が語りかけてくれるなら、それなら、いいのに。
私は先立って貴方に感謝をするつもりです。ありがとう、夢現の定かでなくとも、幸せが紡いだ日々の思い出は私を確かに安心させます。好きな人と一緒に居た尊い時間は、必ず自信を育むもの。今でこそ頼りなくたって、私のことは心配しないで、それぞれの侘びしさや不安を、目の前を霞ませる涙を拭くように、自らの手で取り去っていきましょ。そうすれば私たち、きっと大丈夫。約束しましょう、貴方を忘れるなんてことは決してない、なぜなら貴方との思い出が、いつだって花を咲かせてくれるのだから。ねえ、素敵な時間を過ごしました。気が狂うほどの、夢中になるほどの、素敵な時間がありました。かけがえのない人よ、ありがと。花よ、鳥よ、幸せはあるようです。黄昏のように去っていく、幸せが。目を閉じるように、静かな幸せがあるのです。
20160516
仕事
つべこべ言わずにやる、私の仕事。
怒られる、それも仕事のうち。
踊ってみせる、それも仕事のうち。
仕事のうちに入りきらない、
大きいのが良い。
朝食を食べる、卵が落ちる、美味しそうな音が鳴る。アトリエを造った。緻密な設計に腰を折った。直向きの壁が躾を学ぶ、紅差し指が派手に踊る。此処までが唇で、此処からが舌。切り抜いた言葉の響きが伝わる。伝えるものを置き忘れて、鳥肌が立つ。卵が落ちる、雛が産まれる。つべこべ言わずにやる、私の仕事。雀の世話、鴨の餌やり、それも仕事のうち。仕事のうちに入りきらない、大きいのが良い。
彼の必死の告白を再生させて、紡ぐ音楽がある。墨の絵の松に息吹を遣り、水辺の鶴は鳴く。風待つ鳥は染まりゆく思いを見、黄昏に耽って、逃してしまう宵空がある。目が覚めて思い出す、今夜の仕事。血汐にかけて走り出した。影の末端が揺れ、桐の糸が風に舞う。彼の必死の告白を再生させて、紡ぐ音楽がある。つべこべ言わずにやる、私の仕事、砧の声合わせ、それも仕事のうち。音のうちに入りきらない、大きいのが良い。
騒がしい夜の街通り、対象は夜空の真ん中に移動した。照らされた街、部分の強調がある、部分の省略がある、今は何か、形づくられるものがある。この時、ひとりの学生が洒落た写真を撮っていました。レンズの奥で光の粒は戯れています。急いで!夜街の奥からちらっと声が聞こえます。なんだか恥ずかしい。リンゴジュースの氷はすぐに溶けました。夜はまだ熱い、やり直し。屑箱は宇宙で、イマジネーションを放り投げると、不思議と隕石よろしく落ちてくる。そうだと良い。
つべこべ言わずにやる、私の仕事。
それは言葉、言葉を合わせて、
けむりをまとい、芳しさ残して、
消えていく、それも仕事のうち。
それは音楽、音楽を合わせて、
炎を上げて、微細に波打ちひろがっていく、見えなくなるほどの、大きいのが良い。仕事のうちに入りきらない、大きいのが良い。
明日は /自閉の習慣
置き忘れたものを愈思いながら
眠る夜は辛かろう
明日は良いことありますように
延びゆく袖引きの影は広がって
暗がりに咲く花を知っているか
月光に触れて心を許す花だった
粗略な人間が硝子に寄るだけで
粉々にきらめく一抹の夢だった
置き忘れたものを戻そうとして
眠れぬ夜があったかもしれない
眠らねばならない夜は辛かろう
思い切った吐露が小夜風に触れ
自分だけを遺して失せていった
何もないと云う感情へ片われの
色褪せた水の滴の残響が刺さる
絶えて満ちることのない心の壷
なけなしのゆとりが底をみせて
憂鬱質の地肌が白く輝いている
その薄光りの人知れず漂う様は
虫の気配すらない静けさを纏い
蒼ざめた激情の病室に似ている
狂おしい陶酔が花瓶に映し出す
深き悲しみを負った自分の面影
おまえの死に至る程の悲しみは
事の重大さに無関係だといった
涙の光りも届かなくなったころ
反復的に続ける常同行動の最中
福引の玉のようにトンと抜ける
蛍の屍体があった
置き忘れたものを愈思いながら
言葉に適わぬ唇の痛みを知った
光りに適わぬ言葉を知り過ぎて
望んだ景色は終に見えなかった
あのヴォカリーズは聞こえるか
田園に下ろされた夜の垂れ絹に
そこはかとなく洩れる微笑みは
感情の水路はやがて朽ち果てる
眠る夜は辛かろう
明日は良いことありますように
延びゆく袖引きの影は広がって
暗がりに咲く花を知っているか
月光に触れて心を許す花だった
粗略な人間が硝子に寄るだけで
粉々にきらめく一抹の夢だった
置き忘れたものを戻そうとして
眠れぬ夜があったかもしれない
眠らねばならない夜は辛かろう
思い切った吐露が小夜風に触れ
自分だけを遺して失せていった
何もないと云う感情へ片われの
色褪せた水の滴の残響が刺さる
絶えて満ちることのない心の壷
なけなしのゆとりが底をみせて
憂鬱質の地肌が白く輝いている
その薄光りの人知れず漂う様は
虫の気配すらない静けさを纏い
蒼ざめた激情の病室に似ている
狂おしい陶酔が花瓶に映し出す
深き悲しみを負った自分の面影
おまえの死に至る程の悲しみは
事の重大さに無関係だといった
涙の光りも届かなくなったころ
反復的に続ける常同行動の最中
福引の玉のようにトンと抜ける
蛍の屍体があった
置き忘れたものを愈思いながら
言葉に適わぬ唇の痛みを知った
光りに適わぬ言葉を知り過ぎて
望んだ景色は終に見えなかった
あのヴォカリーズは聞こえるか
田園に下ろされた夜の垂れ絹に
そこはかとなく洩れる微笑みは
感情の水路はやがて朽ち果てる
断絶の淵から朦朧たる命の気配
忘却の風にさらわれていった影
暗夜にあって耀く末のまぼろし
安癒への憎しみを鉤爪に任せて
倦み疲れた全身はとっくに眠る
自閉の習わしの中で迸る真の血
嘗て喜びの頂きにあった寝息の
古びた隙間から陽は降り注がれ
樂園の水飛沫が時間を漂わせる
心の終息の果ては何もなかった
目の前に薔薇咲く花瓶が見えた
光と影を生きる植物の息遣いが
目の前に横たわる右手が見えた
人間原初のこの上ない闇の中で
純粋に佇む静物の脈動があった
花瓶はトランプで沈黙を埋める
妨げないように笑い声を掠めて
ふと目に入った人間の眠る手を
薄衣の赤い袖口で優しく撫でた
たくさんの会話が聞こえてくる
遠く離れた笑い声がうとましい
ちょうど雨雲が耳のそばを通り
何でもない言葉のように落ちる
夢の接吻があった
暁の瞑目した姿はきれいだった
天蓋では空と宇宙が闘っていて
呆れて生きることも億劫になる
何もないということの安らぎが
朝旦が昇るにつれて消えていく
何もが精巧によくやっていると
自分もその中へ調和するように
機能分担の軛を外して陽を待つ
どこまで答えられるのだろうか
日常に生きる規格外れな人間の
その目の前に何が見えるだろう
明日は素敵な出会いに恵まれる
そのようなことは予見し得ない
誰もが知るはずの確かな道とは
如何であれ失われぬ道だという
未知なる災難を受け容れながら
根深い自閉の習慣に打ち克って
ただ良く生きるというに過ぎず
乗り越えた馴染みの感情がいつ
自分の懐から幾重の膜を破って
悲哀と歓喜を背負って襲うのか
自然の遥かな摂理と同じように
いつか離れるものでないのなら
その故に遠ざかっていくような
歓楽の街があったかもしれない
他者と関わるなら
いつだって素敵なものにしたい
それは愛おしい夢
それは愛おしい花
自分にとって人の心に寄り添う
それは極めてむずかしいらしい
自分もまた人間で
それは決して忘れることはない
20160513
今日は
今日は悔しいこともあったが、気の合う人とめぐりあい、気が楽になった。夜に友人からの手紙を受け取り、そして良い気分できっと眠ることができる。
今は毎日、そうなのかもしれない。睡眠の沈むような重さを忘れてしまった。悔しい思いの中では、それ以上に私を解放してくれるような、そんな次の予定があり、それは数時間後に起こるだろうことを私は予感する。そして実際に私は対面した人との少しばかりの会話、投げかける的確な指摘に、ほころぶ糸のように思わず気が楽になる。これは、不思議なことである。その人のお陰で私は軽快な気分になり得たのだろうか、それともある程度、何か有意義なことを予感していた為にその用事の中で、容易に快い気分になり得たのだろうか。そして、ディナー後のデザートと言わんばかりの友人からの手紙は、今日のこの日になぜ届いたのだろう。運命という言葉はこの際、使わないことにしよう。たとえ運命だといえば、私はこう思わざるを得ない。つまり、人が懸念するよりも、運命に生きる人々はなんと自由なのだろう、と。たとえ偶然に過ぎないというのであれ、その仕組みから見れば、ますます運命を感じざるを得ない。しかし私は先きに言うように、今日を運命という言葉によって言い表わすようなことをしない。今日は本当に良い日なのだ、ただそれだけである。こんなふらつくほど柔な脚のくせに、確かな道を歩くのが実はよく似合う、より良い日々がここからよくみえる。
ところで私が帰省するとき、手紙を送るねと別れた人がいたが、私はその人の手紙を何気なく待っていた。今日届いた手紙は思わぬ友人からのもので、とても嬉しかった。そういえば先日のあなたの返事でどれだけ私は喜んだのだろう、心の溶けてしまうといえば、どれほどの喜びだろう。
なあ、ためらいなく感謝をすることができる、これほど良いこともあまりない。
20160511
20160510
薫陶
口笛吹き鳴らし、大貫妙子のアルバムを見つけ出そう。直線的で、糸のように繊細で、ゆらぎない、素晴らしい声、耳を澄ませて聴きたい。古い年代の音楽は岩崎宏美や原田知世、中森明菜などが可愛らしくて良いけれど、去年、彼女の声を本当に聴いて心動いた。さまざまな素晴らしい共演により、彼女の魅力はいっそう深まったに違いなく、いまや彼女はその円熟した齢と共にさらに自らを洗練させるのだろう。自分もこのような、素敵な歳の重ね方をしたいものだと思う。それでこそまた、千年の宴もそう長くはなく、百江の数え歩きも楽しみとなる。篠田桃紅や秋吉敏子の姿を見ても、また思う。魅力というものはおよそ女性から学ぶものなのかしらん、と身近に知った人たちのかおり沁みる、心うつくしさを見て、そうと知る。
20160508
母より
今ごろ私にも、新緑のたおやかなる言葉が芽吹いたかもしれない。邂逅の狭間で得た不易なる記憶が、あの静穏な感性に触れて逞しく燃え上がる、私はその焔の向かう先を知りたがって、あこがれ、灼熱地獄を疾走する。然れば駆け巡る眩しい情熱の中に小さな黒点を見るに違いない。雨の悦び、風の慍り、雪の哀しみ、夏の楽しみにおいて、私にも生命の風光明媚なる律動が聞こえ、万代の情感、魂の跫が、水の滸を過ぎてゆく。過去、未来、共になく、お前の言葉が、その優れた文筆がいつも私を動機づけるならば、鬼は力の堆くなるに耐えられず、心の琴線より溢れだす源が命毛の細き筆に染みる。思案の一滴が延べ拡がるさま、薄墨の時を映し出す。孤独の旦夕で覚る己のが道は、この明徹なる意志に触れてこそ透き通る、芸術に生き、哲学に生きて、私はあの焔の消え失せた跡を省みて、百年の迷いなき須臾に立ち止まる。心の在処を定めん。人は謂う。然らばなにゆえ。人は問う。熱情よ、愉楽は失われた、今こそお前の心躍るとき、つれなき文を書き連ね、許多なる試しに身を尽すこと恐れるに足らず、その先きにて待つ心の水の如し、過ぎにし季節の尊さを知り、徒にはしない。お前に必要なのは、貫徹な理を望む心、明らかな視界だけである。いのちを満たす青葉の懐で、大人しく咲く花の心に余る憶い火が、ふと百千の声音を一つにする、静まりかえる風の揺らぎが、山の短き言の葉を目印に、海の夢を伝えに来る、私はその風に文を添えよう、心なに露程の思いは羽ばたくか。お前はそのとき、苦悩の人間であらぬように、悦楽の人間であらぬように、夥しい幸不幸の渡り鳥が過ぎ行くのを仰ぎ見て、赤心の知より、生き存えよ。
20160503
薄雲によせて
暑い涼しいの区別もつかない気怠さが、この五月のご挨拶さ。いつか惚れた音楽をとことん掘り下げて、別れ下手も調子に乗れば、ひねもす怠惰の体たらく、夜すがらの陶酔もあり、何処だって俺は幸せだと思う。お日さまよろしくにこやかなお仕着せがなんとなく日々を寄越し、喜楽極楽、兎角良い。生まれもった欠伸の長さが日の長さ。「都合悪いこと搔き消して、何も考えてなさそうでいいね」なんて皮肉をあなたは言ったけれど、なあ、たしかにそうだ。俺の頭の中は真っさらで、白の羽衣に青もみじはよく似合う。口をちょっぴり開いた程度の惚けた顔の、まともな褄はずれが人を笑かすらしい。愛でたい奴。恵まれた野才能、花の蜜、飛んで運ばれ青い空、懐かしい薄雲、道化の花を隠す日を待つ。もう少し午後を待てば、眠るといい。俺にも季節柄はあるみたいで、この頃は綿毛のような眠気が逸る。音素分解も適わぬ言葉の、なんでもない毒素が時として人の思念を宙にゆらゆら泳がせる。それも、どうってことはない。雨風、嵐も群舞のレペトワール。白鳥の優雅な踊りを眺めながら、こっちに来て、あれやこれやを考えよう。それは、この上ない仕合わせに違いないのだから。
20160502
the see of trees
作業の為に購入した真新しいカッターで手の甲に一文字の傷を不意に付けてしまった。久しく見えた滲む血に、眠れる関心の応えがあった。変わりはしない、いつだって血は人を魅了する。子どもの頃だってそうだ、描いた絵にはいつも、血みどろの戦士がいた、醜悪な人間の姿もあった。だけどいつの頃だろう、やたらと噴き出る血は美しくなかった。傷から滲み出るものは花が咲くのに似ている。無関心ではいられず、できればずっと観ていたかったと思う。だけど、他人のそれはみたくない。それにしても、治癒が早い。これじゃあまるで、ボールペンで赤い線を描いたみたいだ。そういえば昔、ぼくを傷だらけにしたいと言った女性がいた。そんなの、痛いから嫌に決まっている。でもそのとき、いいですよ、と答えた。
ところで週末に映画館へ行った。福岡にはロマン・ポルノ以外の名画座がない。ミニシアターはのんびりとあるが、盛況していない。でも映画は好きなので、映画館があるなら映画を観に行こう、それが良い。今回は以前より興味のあった『追憶の森』という映画を観た。監督はガス・ヴァン・サントで、出演者に渡辺謙、舞台は富士の樹海、青木ヶ原。物語構成が抜群過ぎて、ぼくは観た後、嬉しかった。あまりに無慈悲な光景で恐ろしく、およそ大変な映画を観てしまったと最初のうちは思えたが、それがひっくり返っていつの間にか安心さえ覚えている、特に終盤の展開は見ているものを本当に心底から落ち着かせるだろう。それならば、樹海といって踏み込まないことはない、あなたもきっと、惹きこまれるよ。実際に樹海へ行きたいわけでないのだが、しかし流石はこの監督、自ずと彷徨ってしまいそうになるほど、森の情景が極めて美しい。同監督の『永遠のぼくたち』と似ているようでもあるが、もっと死に対する感触が増したと思える。煉獄と云えば、ダンテの「神曲」を連想するなどもあった。それと、能の印象がある。何より、とても良い映画だった、観に行って良かったと思う。
20160501
砧
春夏秋冬の衣着よ、ほつれ乱れし笑み染めの、余情破れて音のなる。金蘭咲いて誰をか待つ、古めかしい砧の音が明けそびれた雫を落とした。来ぬ者に捧げる陽の光、新緑を深める花陰は、心地良い静寂に仄か香しい風を通せ。黄色い花の香り、木槌の叩く豊富みの地に継ぎ代わり、小川のような、ほころぶ糸が音を鳴らして結ぶのは、きらきらきらと輝く波の、琴線泳ぐ心の海。重ねてみれば貴方にも、広い海が見えるだろう。美しい海づら、燦燦と喜んで、彼方へ想いを馳せる、風走る、届いた言葉の煌めきを、天衣無縫の歌と云う。糸要らずの歌紡ぎ、ほころぶ笑みをとわに結べ。砧の音がいまだ鳴るなら、いっぱいの思いに織り込まれ、そうして伝えられなかった心の万朶を、風のように次第に、あまねく照らしだそう。
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