20160508

母より

今ごろ私にも新緑のたおやかなる言葉が芽吹いたかもしれない。邂逅の狭間で得た不易なる記憶が、あの静穏な感性に触れて逞しく燃え上がる、私はその焔の向かう先を知りたがって、あこがれ、灼熱地獄を疾走する。然れば駆け巡る眩しい情熱の中に小さな黒点を見るに違いない。雨の悦び、風の慍り、雪の哀しみ、夏の楽しみにおいて、私にも生命の風光明媚なる律動が聞こえ、万代の情感、魂の跫が、水の滸を過ぎてゆく。過去、未来、共になく、お前の言葉が、その優れた文筆がいつも私を動機づけるならば、鬼は力の堆くなるに耐えられず、心の琴線より溢れだす源が命毛の細筆に染みる。思案の一滴延べ拡がるさま、薄墨のを映し出す。孤独の旦夕で覚る己のが道は、この明徹なる意志に触れてこそ透き通る、芸術に生き、哲学に生きて、私はあの焔の消え失せた跡を省みて、百年の迷いなき須臾に立ち止まる。心の在処を定め。人は謂う。然らばなにゆえ。人は問う。熱情よ、愉楽は失われた今こそお前の心躍るとき、つれなき文を書き連ね、許多なる試しに身を尽すこと恐れるに足らず、その先きにて待つ心の水の、過ぎにし季節の尊さを知り、徒にはしない。お前に必要なのは、貫徹な理を望む心、明らかな視界だけである。いのちを満たす青葉の懐で、大人しく咲く花心に余る憶いが、ふと百千の声音を一つにする、静まりかえる風の揺らぎが、山の短き言の葉を目印に、海の夢を伝えに来る、私はその風文を添えよう心なに露程の思いは羽ばたくか。お前はそのとき、苦悩の人間であらぬように、悦楽の人間であらぬように、夥しい幸不幸の渡り鳥が過ぎ行くのを仰ぎ見て、赤心の知より、生き存えよ。




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