20180517
20180516
20180503
Andante
抑揚のない五月のはじめ、雨上がり、虚想に応える運動神経は私の身体から離れ浮遊して、春の風が小さな竹薮を揺らす。自然の音声が私の能天気な性格と耳にちょうど良く、落ち葉のコロコロと鳴るのもまた同じで、私がどんなに変装しようとも、たとえば繁華街の酔っぱらいを装うとも、たとえば洗練された立ち振舞いで街中を闊歩しようとも、私の心は本当を知っている、自分の場所を知っているような、そんな気になる。善と悪、ずぶ濡れになった二人が道端でまた決闘をしている。空はもう陽が射して、近所の体育場から野球部の声が聞こえてくる。自転車は颯爽と走り抜けて、猫が家並の塀を彼方此方移動して、そのあいだ私は何も考えずに、消えてしまった道をまた踏み歩いているのだ。余程忘れてしまったことがある。それを思い出すことはきっと必要なことなのだろう。ひとたび離れていったものが呼んでいる。たしか、文章というものに私の心がひとつ入っていると思う。
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