20180517

十字路

初蝉が夏のはじまり。無尽の夜空は孤独の星を浮かばせ夢を見る。夢はうつつのなにを知るか。現実、それは暑く、苦しい。人生、それは並べて愛おしい。ひとたびの煩悩が過ぎるのを、ただ信号の変わるを待つように、静かな心で眺めおかなければならない。

20180516

確かさを求めて

くろがねの皮に触れて、水辺を散歩する。触発するものは何もない。心地が良いというだけで、それだけで充たされる時間。そのあいだ、さながら書斎の学者のようにわたしの心は記述する。静けさは無音でない。そよ風の、あるいはせせらぎの空気に触れるよろこび。暁のさえずりが水のように染みる。かくも愛おしき自然よ、確かさという針はお前には苦しかろう。

碧葉の調子

吸って、吐いて。深夜に目が醒めたからには、一人で繰り返す。まるで街そのものが寝静まった夜のコンビニエンスストアのように、静かに佇んで繰り返す。朝焼けが疲れた顔をしてはやるせない。もっと強い陽射しを呉れてやればいい。抱えた胸ごと溶けて、ネガティブな言葉を辿って道端を這いずる人間ども。石畳やコンクリートを歩いたところで、土の匂いを相変わらず覚えていて、どうやらそれが恋しいらしい。吸って、吐いて。もう一度、言ってみよう。くたばれ、世界。

20180503

Andante

抑揚のない五月のはじめ、雨上がり、虚想に応える運動神経は私の身体から離れ浮遊して、春の風が小さな竹薮を揺らす。自然の音声が私の能天気な性格と耳にちょうど良く、落ち葉のコロコロと鳴るのもまた同じで、私がどんなに変装しようとも、たとえば繁華街の酔っぱらいを装うとも、たとえば洗練された立ち振舞いで街中を闊歩しようとも、私の心は本当を知っている、自分の場所を知っているような、そんな気になる。善と悪、ずぶ濡れになった二人が道端でまた決闘をしている。空はもう陽が射して、近所の体育場から野球部の声が聞こえてくる。自転車は颯爽と走り抜けて、猫が家並の塀を彼方此方移動して、そのあいだ私は何も考えずに、消えてしまった道をまた踏み歩いているのだ。余程忘れてしまったことがある。それを思い出すことはきっと必要なことなのだろう。ひとたび離れていったものが呼んでいる。たしか、文章というものに私の心がひとつ入っていると思う。