20160516

明日は /自閉の習慣

置き忘れたものを愈思いながら
眠る夜は辛かろう
明日は良いことありますように
延びゆく袖引きの影は広がって
暗がりに咲く花を知っているか
月光に触れて心を許す花だった
粗略な人間が硝子に寄るだけで
粉々にきらめく一抹の夢だった
置き忘れたものを戻そうとして
眠れぬ夜があったかもしれない
眠らねばならない夜は辛かろう
思い切った吐露が小夜風に触れ
自分だけを遺して失せていった
何もないと云う感情へ片われの
色褪せた水の滴の残響が刺さる
絶えて満ちることのない心の壷
なけなしのゆとりが底をみせて
憂鬱質の地肌が白く輝いている
その薄光りの人知れず漂う様は
虫の気配すらない静けさを纏い
蒼ざめた激情の病室に似ている
狂おしい陶酔が花瓶に映し出す
深き悲しみを負った自分の面影 
おまえの死に至る程の悲しみは
事の重大さに無関係だといった
涙の光りも届かなくなったころ
反復的に続ける常同行動の最中
福引の玉のようにトンと抜ける
蛍の屍体があった
置き忘れたものを愈思いながら
言葉に適わぬ唇の痛みを知った
光りに適わぬ言葉を知り過ぎて
望んだ景色は終に見えなかった
あのヴォカリーズは聞こえるか
田園に下ろされた夜の垂れ絹に
そこはかとなく洩れる微笑みは
感情の水路はやがて朽ち果てる
断絶の淵から朦朧たる命の気配
忘却の風にさらわれていった影
暗夜にあって耀く末のまぼろし
安癒への憎しみを鉤爪に任せて
倦み疲れた全身はとっくに眠る
自閉の習わしの中で迸る真の血
嘗て喜びの頂きにあった寝息の
古びた隙間から陽は降り注がれ
樂園の水飛沫が時間を漂わせる
心の終息の果ては何もなかった
目の前に薔薇咲く花瓶が見えた
光と影を生きる植物の息遣いが
目の前に横たわる右手が見えた
人間原初のこの上ない闇の中で
純粋に佇む静物の脈動があった
花瓶はトランプで沈黙を埋める
妨げないように笑い声を掠めて
ふと目に入った人間の眠る手を
薄衣の赤い袖口で優しく撫でた
たくさんの会話が聞こえてくる
遠く離れた笑い声がうとましい
ちょうど雨雲が耳のそばを通り
何でもない言葉のように落ちる
夢の接吻があった
暁の瞑目した姿はきれいだった
天蓋では空と宇宙が闘っていて
呆れて生きることも億劫になる
何もないということの安らぎが
朝旦が昇るにつれて消えていく
何もが精巧によくやっていると
自分もその中へ調和するように
機能分担の軛を外して陽を待つ
どこまで答えられるのだろうか
日常に生きる規格外れな人間の
その目の前に何が見えるだろう
明日は素敵な出会いに恵まれる
そのようなことは予見し得ない
誰もが知るはずの確かな道とは
如何であれ失われぬ道だという
未知なる災難を受け容れながら
根深い自閉の習慣に打ち克って
ただ良く生きるというに過ぎず
乗り越えた馴染みの感情がいつ
自分の懐から幾重の膜を破って
悲哀と歓喜を背負って襲うのか
自然の遥かな摂理と同じように
いつか離れるものでないのなら
その故に遠ざかっていくような
歓楽の街があったかもしれない
他者と関わるなら
いつだって素敵なものにしたい
それは愛おしい夢
それは愛おしい花
自分にとって人の心に寄り添う
それは極めてむずかしいらしい
自分もまた人間で
それは決して忘れることはない











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