20171209

わたしの自由

誰かが私を呼ぶとき、自分の時間が奪われ、途切れた電線のように不快を抱く私の心はどうしようもなく性質として根付いているように思われるが、そうした私の根性に反して、その誰かの声に応じようとする自分がいるとき、私は自身を自由だと感じる。そして、その声が心の慰めとなり鼓舞となり、次の日の目醒めを新鮮にするとき、私は声の主に深く感謝する。かつての仕事場でお世話になった人たちと、私は今日、楽しい時間を過ごした。

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