20170929

MUSE

十数年前に音楽を通して宇宙を知った。それはロマンにあふれており、あふれたロマンは散りに失せ、ふくらみ、裂けんばかりの爆音と伴に還る。ただひとりポツンと私は、恋や苦しみといったものが衝突したり、ひたすら廻転しながら動くのに、拡がる宇宙の前衛で没頭した。漆黒の意思に支配された身体が小さな部屋の中で陶酔と虚脱を交互に繰り返した。十数年前の音楽を通して今でも宇宙を見るが、それはロマンにあふれており、たまらなく恋しい音楽の女神たちがそのロマンの欠けらを抱えて去っていく。私は追いかける。ドイツの音楽家が鍵盤から和音を激しく打ち弾き、粗野な葛藤のなかを走り抜けるならば、ロシアの音楽家は交響する憧憬を星いっぱいに広げ、降り注ぐ小片を拾い集めていく。喜びや哀しみのすべてが衝突するという、宇宙の或る点で私は人生を営んでいる。遥か彼方からこの点を見れば、そこにはもう何も見えないかもしれない。点の所在を探す私は、今度はロマの音楽に乗って踊っているのだ。

20170927

秋のあゆみ

夕べの太陽染み込ませ、これまでになく葉が輝るのを待ち遠しい、と思う日に、曇り模様の渦巻く風がさらりと頰を通り過ぎる。栄えある深き花緑の光がやがて去る前に、山山の模様をかえるその前に、橋の向こうへひと声かける。
「秋めくと虫の彩りがよく冴えます。」
心豊かにありたいと、みなみな静かにやわらかく歩む、沈む、立ち昇る。

20170925

美について

Ⅰ.

あなたはフランス文学の端くれ。咲いて散る麗しき花びら。決して根の深さを知ることのない、美しき人生。ぼくの目にした絵画に女性の川で小舟を漕ぐ姿があった。彼女から周りの風景が波紋のように広がって見える。イメージの波がしんと落ち着き、絵画は時をとめる。絵の中の女性をなにひとつ知ることなく、知る手立てもなかった。身体の均整や声音を知ることもないのに、ぼくはあなたをこの透明な美しさのなかにみとめてしまいました。あなたの手のきれいなことも、あなたの人生がいかなるものであるかも知らずに、ぼくの心は惚けてしまいました。でもきっとこれは現実なのかも知れません。ぼくにはどうしても今、つかんではなさぬものがないのです。


クロード・モネ『バラ色のボート』

20170921

言の葉の綾/バベル

以前にちょいと書いてみたものが残ってあったので、さながら一連のモノローグのようにまとめあげた。それはいつかの青春とでも言おうか、青春というには寂しくて、いつかの人生とでも言おうか、人生というには短くて、なんとも言えぬいびつな線を描いて綴る、在りし日のひとのこころ。


あたまに枝を生やして、「ひとのこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける」とね。あなたは詩歌、詩歌と書いて「やまとうた」という。

砂のようにこぼれ落ちてゆく、風間の時間がある。じっと見つめていると飽きるものが、気をどこかへ許すと忽ちなくなってしまう。ねえ、愛おしい時間が命を落としたみたいに止まっている。まるで虫の亡骸だけど、雨が降れば流されてしまう果敢ないもの。あなたはだれ? その信号機は永久に赤のまま。そうと知れば、渡るのに不思議と躊躇は要らないのに。

いかに熱心に叫ぼうと、それが本気だと思われはしない。確かに、真の決心は実に静かである。 

空はざわつき、雲が流れる。転換が始まった。案山子は板付で、嵐が来る。九月下旬、朝顔の花が咲いた。一人歩きの人の影、それは幻、夢のまた夢、さらば飛び込む蜜の味、花一途の戯れが、お前を離すことはもはやない...

なんて世の中だ。蔓延る伝統の根、身体に絡まる茨の手、流れる川を羨んで、貯まる酒腹暈上り、積んで縺れて営み膨らみ、身動きできずに嘆くだけの歌。ああ、それだけが歌。この世に野原が広がって、想像が好きなように駆け巡る、走れ、走れ、走れ!血の巡りよりも速く、恋の巡りよりも、ずっと速く!重荷から解かれて、また担ぐまでのひと時さ。良い歌をありがとう。ああ、だけど毎日聴くのはつらい。

人生 おちあり やまあり ゆきふりて ふらぬぼうこそ きけんよぼう よばぬよばなし おも白し

ぼくがひとり愛を詠うと、鈴虫や秋の虫たちの伴奏が聞こえてきてね、囁いたのは秋の風、見守っていた星が微笑んで、みんなが静まると、ぼくも目を瞑って夢をみた。たしかあれは夢見の前、君のほっぺに愛を添えたら、それは溶け込むように消えていった。それから夜空はとても明るくなって、ぼくも目を瞑って夢をみた。

いちごはあかい あかいはほのお ほのおははかない はかないはいちご いちご いちえの いとおしさ

これが、よわいのおきしるべ、むべにはなつきみちたりて、すずろにあかつき、あへなきとき。

へえ あしは見飽きたかい ならばあっしは おさらばおさらば

20170918

Humming in Autumn

夢が垣根をひとつ越え、現の向こうを赤く染める。貴方の姿を見ていると心静かに動かされる。前向きに思いを遣れば道端の花が少しの微笑みをくれ、自分の影がよく延びて、秋の夜長の蟲達が歌うのを聴く。何も言葉を知らずとも涙落とせば分かり合い、笑えば風の心地良さを知る。時に言葉が胸刺せば、背中を見せて狭く息吐く。でも、曙光を浴びたその瞳に氷の溶ける時がある。貴方の強さがあればこそ、心は空の鳥のよう。夢はどこへもいかないと、夢をどこへも遣らないと、心の底で眠らせている。そこはきっと優しくて、言葉にできぬ静けさが木の葉をそっと揺らしてる。添えられた夢が愛しき束の間の光を照らし、残像が失せていくのを感じながら、零度の虚無を手ずから消していく。心の強さがあればこそ、貴方は深い海のよう。

20170914

時の無言歌

過ぎ去ったものが為に振り返ることはない。それらのことについて何の知る由のないものを思慮したところで、私の心が満たされるわけでもない。過ぎ去るものであれ、共にこの地球に並ぶること思えば、よく生きることを誰についても願い、馳せるその思いを見送るのみである。私の背後に仕える影が無闇な心配で肥大せぬよう風のように去るといい。ひとつの気流に呑まれることなく、穏やかに漂よう雲のように浮いていたい。溶けて失われた鋭敏な鏃が時おり土の底から無傷の骸となって現れる。かつて抱いた旅の夢を何処ぞの畑に埋めてしまった多くの人々が在るという。私は泥塗れの骨を見つめながら、過ぎ去った事どもを思うことなく、新しい土の匂いを感じるだけである。

20170911

夢のあと

月の照る夜見上げると
星のくちぶえ 聞こえます
プールがあれば跳び込んで
飛沫の空に灯るよな
寂しい星の心地して
ときに夜な夜な虫のよな
星のくちぶえ 聞こえます
あゝ 夢は遊泳さながらに
深き夜空を彷徨って
吹く笛 どこかへ消えてゆく
風の音 どこへ消えただろうと
静かな夜のひと部屋の
泡のふところ 暖かろう
水面に映える我がこころ
夢より醒めて清らかにゆけ





20170910

羞らいの奥に

表現への羞らいは芸術の問題だ。実直な、迸る表現から歪んだ、難解な表現への移行あるいは逃避があるとすれば、それは現代芸術に至るまでの美学の揺れと、そして劣等感からの脱却という羞らいの問題を含むに違いない。「芸術は人生の、あるいは人類の役に立ち得ますか。」という質疑に真正面から応えようとしなければならない。芸術というごく小さな運命の中には、あゝ何が見えましょうか。「道無き道を往く」えゝ海が見え舟が見え、そして大きな島が見えます。

20170909

よろこび

よろこび それは
自身のなかで生成され
どんな日であれ
人はなれ
季節めくれ
宇宙が深遠なひかりはなつとも
ナゾを解き明かそうとも
雪どけ水で目をさましたとて
かわりはしない私が
フラメンコの立ちあがる
穏やかな熱のように
今日の終わりの中で
そのときにかぎり
すべてを讃えること

20170907

警句

人間個性に磨きをかけて
鏡の映像に何を抱くか
源流より流れる水の言葉は
山の悲しみだけを伝えるか
お前は忘れてしまった
私たちの言葉の
豊かな水流の行方を

もうよい
悲嘆にくれ
幸福を追い求め
感性の戯れに身を尽くすものたち
すべてを時が癒そうとも
言葉がお前を呑み込んでいく
おのれのことばを探そうとして
鏡のお前はもはやいない
万物の流転に耐える
唯一つの我が本性を
お前は忘れてしまったのだ

20170904

寡黙な眼

誰も書かなくなってしまった世界は風に吹かれる紙屑と襤褸くて酷く損壊した建て物だけがそのまま遺されてしまった。家財は玉石の見境なく散乱して、破れた鏡は天井を床に落としていた。貴方が書かなくなってしまったものが、きっとここにあると分かる。今や恨めしい世界を書くのも大変だろう。煌びやかな暗号だけが生き残って、それを読み解くことばかりに没頭して、どこかで虚しさを感じている。誰も書かなくなった世界を歩いていると、寡黙な貴方をじっと見つめているようだ。

20170902

溶ける夜

風の吹く涼しい日頃
秋の虫の鳴くを聞くに
九月の影こそ
潜める季節の案内が寝床とみて
雲が掛物のうんと厚いのを
さっと広げる間
ひとつふたつくしゃみして
私もみつよつ懐の影深め
筆によく染み込ませた墨汁もて眠る
黒い川面に浮かぶ身体の
透き通った輪郭線を消せばよし
夢さながらの夜が
こまやかな燈しの中で
そろろと溶ける
時を忘れ
心の揺らぐ天井を
見つめる私のおぼめく律動
眼孔が灰色に変わり
音楽をかける

正しさ

幕 ひらく 目眩く一刻 
強い光 真ん中に
弱い光 影と共に
中心へ吸い込まれる私たち
真っ黒の影が すべてを呑み込んだ

朝の目覚め
鼓膜に染みる雨の音
朝のまばたき
網膜に映える色の変遷
「おはよう」
体温上げて応える身体
すべてを呑み込んだような
冷静な手のひら
心の在り処を手さぐりで
突き止めようとした
あなたの手のひら
「ほら ここに」
正しさが