20160218

混乱した頭脳

神保町へ行って、友人とウィンナーコーヒーを飲んだ。歩いて秋葉原へ向かい、そこのプラモデルの専門店へ入った。懐かしい匂いの予感があった。鋭利な形の戦闘機は格好が良い。直観的には男は丈夫で鋭いものがお好き、萎びた棘は男性的ではない。格好良い飛行機は無条件で操縦したいと思うが、それは操縦する快感よりも機体それ自体の飛行する姿が魅力的だからである。恐らく、自動車やバイクなども同じであって、渋滞している自動車を見るだけでは些かの感動もないが、車の走ること風の如く、時には美しい曲線を描く走行を見れば、なるほど格好良いと思う。形は鋭いよりも曲線の美しさを持っているが、しかし格好良い自動車は道を切り開く、道だけでなく時にはモーゼさながら海を切り開き、街の空気を切り裂くものである。そんな自動車ならば、ぼくも運転したいと思う。

友人は自分自身のことを格好悪い男だと思っている。不安や悩み事を余計に抱えている、そしてそれを上手く解消できないひねくれた、内なる自分が嫌だという。頭脳の渋滞というべき心の問題が彼をいっそう悩ませる。ぼくが口に出すことは粗雑な思念を拭い捨てるべきだという、要するに考え過ぎだという以上のことではない。恐らく、彼の周りにはそれをいう人間が多く存在するのである。ぼくが会話の中で感じたのは、彼が求めているものは決して優しく包むような助言でなく、理知的で賢明なのでもなく、彼が持っているものを全て破壊してやるほどの思い切った出来事なのである。圧し潰されるほどの負担を感じている人間はしばしば唯一発の清算的破壊を求めるもの。しかしそのような事は都合良く起きるわけでもない、たとえ無関係な他者にしても遠慮したくなるものである。すると、彼は今まで通り悩むであろう。彼には十二分に悩み続けてもらい、長年の虫歯が抜けて心の健康が戻るときのように、彼がいつの日か抜け道を切り開くとぼくは思っている。悩み抜けば、悩みの本体と思しきが自ずとその姿を現すものであるから。

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