20161216

コンテンポラリー

私の影となってしまった愛しの多様性
豊穣なる邪馬のうねりを実直に貫く己が心
この上ない言葉は探したとて見つからず
ただ陽の昇るように 私の心に浮きあがる 
愛おしき者どもが純粋な眼を輝かせるに違いない
大和の地に立つ花々が心おきなく枯れるのは
果たして恥らいなきゆえか 

太陽の意味は表現である
表現への恥らいは藝術を歪ませる
お前の爆発は 馬がった木の枝に過ぎない
何も知らず 何も知らされず
馬がってしまう木の枝が この世に流行って 
我がものづらして自然(あるがまま)をうたうのを
人はコンテンポラリーと呼ぶのか

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