20160612

Kommunikation

いつか握手する日が来るだろう。君の手が、君の言葉が私のそれと握手する、その為に要るものは何もないと、互いになんの武器も持ちはしないと、そうして握手する。特別な感情は一切必要としない。私の手がどれだけ冷たいか、君はすぐに分かる。君の手がどれだけ温かいか、私には分かる。野性に満ち、それだけまた魅惑的な君には、和合というものが身に合わないだろうから、別に啓発の心構えなどなく、ただ灯火のもと戯れるだけで、きっと私たちは分かり合える。ところで私と君、全く別であるから、心ではなく、身体で分かり合えるというわけだ。心、それは安易に踏み入れてはならない、内なる洞窟。いつかの宴もいつかの孤独も忘れ去るような大切な手触りが、馴染みない形式と一緒に素朴な存在を知らせる。そのとき心の中では変幻自在の水の音だけが聞こえる。足音だけで雫は垂れ落ちて、いっときの緊張が結界を張ったように繊細な空間を生み出す。それは、なぜだろう。さて、誰か来た。快活が、恍惚が、情熱が、遊惰が、木洩れ日の少女が、木陰の青年が。愉楽の蓋開けて味わう酒、潤す舞台に食った魚の骨を転がそう。ついに風が野草をゆらし、照りつける光でみな明るくなる。豪華な色彩をまとい、儚き想いの見えぬままに、垣間を過ぎゆく日は微笑む。また、誰か来た。憂鬱が、静寂が、夢想が、狂気が、明徹なるまなこが、高らかに渦巻く吐息が。陰影に宿る野性が睨む己の姿、暦を結ぶ星の民が風を送る、覚束ない水面は瞑目し、その深淵で白い花が咲く。理の眼差しは動くことはない。彼方の笛の音を聴くように、その在処を確かめよう。沈静の影は海のようにあまねく広がっている。私は君を、どこか知るところへ導くことはできない。折り損ねた骨を隅々曝け出すように、私と君の互いの手によって、観念の血脈を結び、一字一句の祈りを抉り出そう。そうして果たして、私たちは語り合えるだろうか。言葉だけがそれにふさわしいと、そう思うことはもはやない。

0 件のコメント:

コメントを投稿