20160616

書くことについて

ひたすら書き続ける人間だっているだろうし、書き続けなければ生きるのもままならない人間もいる。書きながら、書きながら昂奮しては何も書けなくなることもある。心の漲る文章に触れて、書かずにはいられぬこともある。一字一句、何かにぶつかりながら書くときも、言葉が言葉を呼ぶようなときも、ときおり、もはやこれ以上のものを書くことはできないとか、もうこれで書くことに対しておさらばしようと思う。半端な気分は一昨日来いといって、またまた書いてみる。すると昨日書いたものが蛙の鳴き声のような下手くそな文章に思えてくる。これからもこんなことが続いていくだろうと思うが、昨日までは絶対的な文章だったものが、いまや相対的なものに変わるということはとても興味深いことであって、それは昨日はふとしたきっかけで喧嘩をしたが、夜寝て朝を迎える頃にはとっくにそんな感情はお暇して、ただ不条理な痕跡だけが私と隣で眠っている人間との間に残っているという、それに似ている。凡そ感動というものは過ぎゆくものであり、自己満足は一つの指標に過ぎない。それは、私が満たされているということは明らかであるが、他のことは全く明らかではないからである。かといって自己満足に対する巷の評価は馬鹿げていて、それはあらゆる満足は自己のそれを前提するからである。ところで、私の声も時偶にそうかもしれず、誰でもそうだというもので、凡そ感動とは離れていて、そのくせ心を動かすものがあるが、そういったものはいつ読んでも、良いと思う。書くことについて、私は大体いつも満足しているが、それは秀れた才能を全く意味しないし、満足することが何も目的ではない。あなたが書けば、私も書く。そういう、ルールなのです。

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